※昭和47年12月27日夜から、正月休みと、暮れの休日出勤の代休を合せて12日間
ぐるっと北海道を回ったときの話しです。
宿泊した場所は、寝台車→函館→篠路→釧路→根室→弟子屈→佐呂間→
稚内→岩見沢→連絡船→長野の順。


浜中町営軌道は今はもうない。昨年(昭和47年5月1日)に幕を閉じている。私の誕生日に終焉を迎えたのも何かの縁か。北海道にしては雪が少ないときいえ30cmは積もっている雪の中を、茶内駅で降りて浜中町営軌道の跡をさがす。日は落ちて、根室に向かうC58のひく貨物列車がきれいだった。雪が盛り上がった部分が道床の跡のようで、たどって行くと線路と車庫が残っていた。夕陽の当たる雪の中に、牛乳を運んだ無蓋車、ディーゼル機関車が4両、ディーゼル動車が3両、車庫には木造のロータリー車が残っていた。

特に印象に残ったのはディーゼル動車で、床下に雑誌で見た、さよなら運転のときに「さよなら号」と書かれた紙が少し前に落ちたかのように、半分雪に隠れていた。