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長野市内を東西に走る幹線道路、国道19号をながでんの線路が横切っていて、朝夕の踏切による交通渋滞の解消のため、長野線の連続立体化が県と市から持ち上がってきた。高架方式、掘割方式などいろいろな案が提案されたが、最終的には最も経費はかかるが将来を考えて“地下方式”に決定、法律的には地下線に当てはまらず“長いトンネル”になる。従ってこの区間を走る車両はA基準に適合させるなければならず、当初は現有車両を改造する計画だったが、特急2000系とOSカー以外のほとんどの車両を改造するには費用がかかるので、他社の適当な車両を探すことになった。 ![]() 東急時代の5000系。東横線で主力となって働いている頃の姿。 【渋谷駅】昭和42年7月 特急2000系と先頭の形状が似ているので、塗装は赤主体のものに。「青がえる」変じて「赤がえる」というわけ。私はクーラー化されて塗装が変わった特急車の最近の新塗装は“??”だが、「赤がえる」の塗装は出色のデキだと思っている。好きです。運転室上部の塗り分けが初期と後期では違っているよう。後期の方が赤の比率が大きく前面まで回っている。この姿の写真は撮影していない。 ![]() 右に見える東急時代の塗装のままの5000系は 部品取りのためにもらったと言われた。 東武鉄道から来た400系が部品不足のため制御方式を変えざるを得なかったので 余分に譲ってもらったのだろうか。 上下とも【須坂駅】 ↑↓クリックすると大きな画面になります。 ![]() 譲渡車とはいえ、新車のように改造されて走っていたが、長野オリンピックを前に、車両保守の合理化と輸送力増強を目的に、営団地下鉄3000系を改造した3500系に置き換えられた。その中でもC10(モハ2510、クハ2560)は、廃車後、須坂長野東インターチェンジ近くの「トレイン・キャラリー」に展示保存されている。あちこちの鉄道関係ホームページでトレイン・キャラリーの紹介がされているが、残念ながら私は行ったことがない。そのうちに行ってみます。最後まで残ったのはT2編成。3500系の予備車として残ったが平成98年初めにとうとう廃車になった。 |
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←湯田中 |
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■ 付随車(サハ) |
長野→ |
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元が東急の有名な車両なので、16番でもNゲージでも模型化には苦労しない。16番では完成品が出ていたし、Nゲージではグリーンマックスの東急5000系のキットがある。先頭車のおでこの加工に一工夫が必要。 外観的には押込形ベンチレターと列車無線の屋上が変更のポイント。前面にカバー付のタイフォンをつければそれらしくなる。塗り分けも大変だが、特急2000系の最新塗装に比べればラク。側面のリブに沿ってマスキングテープを貼っていけばいい。 マイクロエースから初期塗装と後期塗装、2種類が完成品で発売されている。 |